短編・掌編小説

命短し、恋せよ烏

 草木も眠る丑三つ時。普段は何かと騒々しい城下町でも、この時ばかりは明日のもうからない商売、苦しい農作業の為眠りについているはず、であった。 そんな人々を覚醒させたのは、誰かの叫び声だった。
「紅烏様だ! 紅烏様がいらっしゃったぞー!!」
 喜びに溢れたその声を聞き、薄い布団に潜り込んでいた人々が次々身を起こし、裸足のまま外に飛び出していく。老若男女、全ての人々が顔を綻ばせ両手を挙げて天を仰いだ。
 彼らの下に天からちらちらと輝く物が落ちてきていた。実った稲穂にも似た、黄金の輝き。それを目にした人々から感嘆と歓喜の叫びが上がる。やがて輝く物は地上に落ちてじゃらじゃらと音を立てた。それは金の小判なのである。
 あとはもう祭りのようだった。人々は小判に群がり我先にと懐へ突っ込む。風呂敷包みを広げて、より多くの金を回収しようと目論む者もちらほらと見えた。その日一日を過ごすことがやっとな人々にとって、これほどの幸福を与えてくれる者は仏にも等しかった。皆、有難い有難いと繰り返しながら、一人の名をひたすら叫んだ。
「紅烏様」
 それこそ今、巷を賑わせている義賊の通り名であった。


 温かな日差しが降り注ぐ昼下がり。どこからともなく風に流されてきた桃色の花弁が、暇そうに立つ男たちの足元に落ちる。遠くで商売をする商人たちの声が聞こえ、ますますこの場の静寂が身に沁みた。
「いや、それにしても最近、旦那様は人使いが荒くないかい?」
 二人組の男の片割れが欠伸を噛み殺しながら言った。二人ともいちおう槍などを持っているが、それはさほど意味を成していない。使うべき相手がいなければ、この武器も棒きれ同然だ。そもそも、このような離れの倉庫に押し入る者がいるとは思えなかった。
「だな。やっぱり、『紅烏』のせいだろうさ。最近、あいつに金を盗られたって屋敷は数十もくだらないらしい。だから旦那も、ここの見張りに気を使ってらっしゃるんだろうさ」
 そう言って、倉庫番の男たちは二人そろって深く溜息をついた。ぽかぽかと温かい春の陽気の中、本当であれば花見と洒落込みたいところである。しかし、世間を騒がす義賊は、彼らに春を謳歌する暇も与えてくれないらしい。
「そりゃあ、ここだって金が入ってることにゃ変わりねえけど、こんな所を、しかも真昼間から狙うかね、その『べにがらす』ってヤツは」
 ちなみに、男たちが守る倉庫は、辺鄙な所にあるとは言え頑丈な錠前がかかり、周囲は男たちの背よりも高い塀に囲まれている。そして、唯一出入りできる場所は自分たちが、いくらやる気がないとはいえ見張っているのだ。
「油断はならねえよ、紅烏は神出鬼没で有名だからよ」
「ったく、烏だかなんだか知らねえが、いっこうにお縄にならねえとは……お役人様は何をやってるんだか」
 男たちのぼやきがいよいよひどくなってきた時だった。彼らの足元に何かが転がって来た。コツンとつま先に当って止まり、男たちが視線を下ろす。それは色彩豊かな糸で形作られた毬だった。
「あ……すみません。妹の毬が」
 次いで聞こえたその声は、琴の音のように心地よく鼓膜を震わせた。男たちははっと顔を上げる。質素な着物を着た町娘がぱたぱたと足音を立てて近寄ってきた。慌てて来たからか、頬は桜色に染まりその小さな口元からは絶え間なく吐息が漏れている。女は男たちの前まで来ると、乱れて胸元に垂れ下がった髪をかき上げた。その黒髪はみずみずしい輝きを放ち、上等な絹よりも滑らかに見えた。
「あ、こ、これはお前の物か?」
 男ははっと我に返ると、毬を拾い上げてしどろもどろになりつつ女に問いかけた。女は嬉しそうに一瞬目を細め、次いで申し訳なさそうに目を伏せた。
「はい、妹が遊んでいるうちに遠くへ飛ばしてしまって。拾っていただいてありがとうございます」
「ああ、いや……」
 男はごほんと咳払いをすると、女に毬を渡してやった。女が頭を下げてそれを受け取った拍子に指先が触れあい、男の心臓が高鳴る。それを誤魔化すため男が視線を不自然に泳がせた。沈黙が訪れ、遠くから『義賊、紅烏が昨日また現れたぞ!』という声が響いて来る。大方、商人たちが大袈裟に噂話に興じているのだろう。
「良い御天気なのに、お疲れ様でしょう。やはり、紅烏ですか?」
 女が遠くから聞こえてくる声を聞いたらしく、そう尋ねてくる。男は先程の気まずさもあって饒舌に語り出した。
「あ、ああ。そうだ。義賊だか何だか知らないが、全く迷惑なものでな」
「おまけに庶民の間では、『仏様、紅烏様』の扱いだ。困ったものだよ全く」
 女はまあ、と口元に手をやり、こんな明るい内からですか、と問う。
「コイツの話だと、どうやら紅烏は神出鬼没で有名だそうだ。油断ならんのだよ」
 女はその噂に覚えがあったのか成程と頷いた。そしてもう一度口を開くと、こう言った。
「それに紅烏は変装の達人としても有名ですものね」
「……何?」
 男たちの問いが重なる。女はその反応に心底不思議そうに、
「あら? ご存知ではないのですか? 紅烏は様々な人に変装し、それは身内にも見分けがつかないと聞きます。――まあ」
 女はそう説明する途中で、目を丸くして声を上げた。二人の男たちの間をはらはらと何かが落ちていく。地に落ちたそれは、烏らしき黒い羽だった。――紅烏が仕事をした場に残していくという、あの羽である。
 それは、それぞれの男たちの目に、隣の相棒の袖口から落ちたように見えた。彼らは思わず、顔を見合わせた。
「お前……そう言えば、先程から妙に紅烏に詳しかったな!? 倉庫の見張りも俺ほど苦に思っていないようだし、まさかお前が紅烏じゃないだろうな!?」
「何を言う!? それを言うなら倉庫の鍵を持っておるのはお前ではないか!? 俺がいなくなった後でこっそり開けて金を盗む気であろう、お前こそ紅烏ではないのか!?」
「な、なんだと!? 確かに俺は鍵を持っているがそんなわけがなかろう」
「そういう所が怪しいのだ! ええい、その鍵をよこせ俺が持っていてやる」
 そう言った男は、もう一人の男に掴みかかり腰の鍵束を奪おうとする。
「そんなことを言って、この鍵でお前が盗むつもりなのだろう。こっちこそ渡せるか!」
 鍵を巡って男たちは取っ組みあって争いを始めてしまった。鍵を持っていない方の男が叫ぶ。
「そうだ。俺が一度厠に言った時があったが、まさかもう盗んだのではあるまいな!?」
「ぐっ……そ、そんなわけがなかろう」
「そうやって口籠る所が怪しいわ! さあ、観念しろ紅烏。ともかく、お前が本当に盗んでいないか、倉庫を開けて確かめる」
「な、そんなことをせずとも俺は盗んでおらん! 第一、俺は紅烏などではない!」
 静止する男を振り切って、倉庫の鍵を奪った男は鍵を開け重い扉を開いた。ここは大商人である主人の一部の財産と、売ればいくらか金になりそうな芸術品などが入っている。倉庫の中に入ろうとする男をもう一人が羽交い絞めにし、二人は再び争い始める。その拍子に鍵束が飛んで行ってしまったが、二人はそれすら気づかない。
「まあ、お二人とも落ち着いて下さいませ」
 穏やかな女の声で、ようやく男たちは我に返った。今まで女が見ていることを忘れていた上、鍵を飛ばしていたことにすら気づいていなかった。始めから鍵を持っていた男が息を整え、女から鍵束を受け取る。その隙にもう一人の男は倉庫の中へ飛び込み、そこに入っている金を換算し始める。そして彼は、息を呑んだ。
「おい、やはりいくらか足りんぞ!? やはりお前」
「と……盗ったか盗ってないかと言われれば、そりゃあ」
 さっと顔色を変えた男は口籠りながら言った。しかし、だが俺は紅烏などではないと息巻く。そんな彼にもう一人の男は疑わしげな視線を寄せた。
 そんな時、倉庫を覗き込んでいた女が感嘆の声を漏らした。
「こんなたくさんのお金、始めて見ました」
「そ、そうだこんな山ほどあるんだ!」
 すると、青ざめていた男が俄かに活気づいた。
「でもここに入ってる金は旦那にとっちゃ雀の涙なんだぜ!? そういうお前だって一度くらいはあるんじゃないか? 遊ぶ金は欲しいだろう」
 そう問われると、もう片方の男もうっと口籠り。
「そ、そりゃあ俺だって最近苦しくて遊びにいけてねえし……」
「なあ、ちょっとぐらい良いんじゃないか? ちょっとぐらいバレねえって。それこそバレた時には紅烏のせいにしちまえば良いんだよ」
 その言葉は魔物のごとく、あっという間に男は言いくるめられてしまった。誰だって金は欲しいのである。
「へへ、そうと決まれば、な」
「だな」
 先程まで取っ組み合いの喧嘩をしていたというのに、二人は仲良くいそいそと金を懐に詰め込み始めた。もはや二人とも女のことなど綺麗さっぱり忘れている。
「あらあら」
 女は口元に手を当てそう呟いた。その腕には小さな毬を大事そうに抱えていた。


 日が暮れ烏の鳴き声が闇に響く頃。闇に紛れて女が一人、道を歩いていた。昼間二人の倉庫番の前に現れた、あの女である。人通りの少ない夜道の一人歩きは危険だというのに、女の足取りは実に軽やかである。その服装こそ、闇に紛れ動きやすくなっているようだが、纏う雰囲気は煌びやかだった。
「あー紅さんじゃないですか」
 女に緩やかな調子の声がかかった。女ははっと息を呑み、ゆっくりと背後を振り返る。背後にいる人物の正体が分かった途端、細い眉を迷惑そうに顰めた。
「驚いた。紅さんなんて呼ばないで欲しいわ、心臓に悪い」
「では、紅烏さん。こんな時間にお会いするということは、お仕事ですか?」
 へらりと笑って暗がりから出て来たのは、一人の男。ぼさぼさの髪にだらしなくよれた着物を着ているにも関わらず、どこか気品が感じられる奇妙な男だった。
「ええ、そうよ。だから邪魔はしないで」
 女――紅烏はそう言って鍵束を掲げた。昼間、男たちが飛ばした時に偽物とすり替えておいたものである。最初、毬の中には偽物の鍵が入っていた。隙を見てそれと本物とをすり替えたのだ。
「それに、今夜は私が盗むのではないの。お金は全部、倉庫番の男たちが盗んだのだから」
 何しろ彼らが金を盗んだのは事実なのだ。ちょっとした工夫で、全てが彼らのせいになる。上機嫌な女を眺めながら、青年は不安そうに眉を下げ問いかけた。
「あの、でもあなたが仕事をなさるということは――また、恋ですか?」
「そう、今度の殿方こそ素敵な方よ。貧しくても必死で働いておられて、しかもあのような涼しげな笑顔……! はあ……」
 青年の問いに、女は悩ましげな溜息をついた。青年もまた溜息をつく。いつもこうなのだ。そしてこの恋もまた、嫌な予感がするのである。
「本当に大丈夫ですか? この前の恋のお相手、妻子持ちだったじゃないですか」
「今度は大丈夫よ。今度こそ、あの方のため」
 紅烏は祈る様に手を組むと、一瞬の風と共に消えた。青年は眉を顰めたままで、そっと腰の扇を手に取った。


 草木も眠る丑三つ時。今宵も烏は空を舞う。烏が惚れた男には、案の定愛する人がおりまして。
「せっかく、あの方のためになればと……」
 想い人に捧げるためと、手に入れたものは無駄になり。彼女は両目に涙溜め、
「こんなもの――――っ!」
 今宵も金の雨降らす。
 世間を騒がす紅烏。私腹を肥やす貴族から、金を盗んで貧しい人へ富を届ける正義の義賊。しかしその実態は――恋多き女性、失恋の小判巻き。
「『恋破れ 金と涙の 雨が降る』」
 『五七五』と書かれた扇を携え、青年は空を仰いでそう呟いた。


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「サイトマスター」で始まった忍題β! それに提出するために書いた小説です。
ただし、以前書いた『五七五男』→『筆神様のまにまに』に続くシリーズ第三弾でもあります。(前作二つを読んでいなくても大丈夫です)
ようやく出せました、エセ義賊『紅烏(べにがらす)』さん。読んでの通り、美人ですがちょっといろいろとアレなお姉さんです。

このシリーズが続くかどうかは、皆さまからの反応と管理人の気力にかかってます(苦笑)

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