短編・掌編小説

さよなら幽霊


 真っ白な部屋に橙色の光が差し込んで。俺は思わず椅子から立ち上がり窓を開けた。夏の少し湿っぽい風が顔を撫でたと同時に、トマトみたいな色の太陽が目に飛び込んで来る。
「ねえ、幽霊って信じる?」
 突然だった。正樹が呟くように言った言葉を、俺は図らずも背中で聞くことになった。振り返ってみると、正樹の横顔が夕日で赤く染まっていた。ベッドに上半身を起こした状態で微動だにしない。
「幽霊ねえ、まあいるんじゃねえの? いた方が面白いし」
 突拍子もない問いにそう律儀に答えてやると、そっか、と正樹が微笑を浮かべた。嬉しそうだけど、どこか寂しそうにも見えるのは夕日のせいだけじゃなさそうだ。
「――何か、そういうことを考えるきっかけがあったか?」
 俺の問いに頷くように、正樹は自分の右足に視線を落とした。白いギプスが巻かれた、妙に現実離れしたその部分を。
「あの、トラックとぶつかった時」
 ぽつりと漏らす言葉は淡々としていて、何の感情もこもってなかった。白いギプスも夕日が落ちて赤く染まる。ついあの時の光景が思い起こされて、俺の背筋がゾクリと震えた。
「今までのことがわーって蘇ってきた。ああいうの、走馬灯って言うんだろ? だから僕、本当に死ぬんだって思った」
「生きてるだろ」
 そう、正樹は生きている。あの状況で骨を折っただけで済んだのが、むしろ奇跡だ。
「うん、生きてるんだけどね。あの時は本当に死を覚悟したんだよ。そしたら、昔じいちゃんと幽霊の話したこと思い出したんだ」
 俺は再び窓の外へ視線を遣った。夕焼けの時間は意外に短い。もう太陽は球体じゃなくて、ビルの角で少し欠けていた。
「じいちゃんは、死んだ人は幽霊になって、大切な人の前に姿を見せてくれるっていうんだ。大切な人が寂しくないように。でも、僕は幽霊なんて信じてなかった。……そのせいかな、僕一度も死んだじいちゃんに会ったことないんだ。『おじいちゃんっこ』だったのにね、僕」
 正樹は大きく息を吸い、肩の力を抜かないまま言った。
「もし僕が死んで幽霊になったら――ちゃんと幽霊を信じてる人のところに行けば、幽霊の僕に気づいてくれるのかな。そうだったら僕は寂しくないのになって思った」
 コイツは、あの一瞬でここまでのことを考えたのか。驚くやら呆れるやらで俺は正樹を横目に縁起でもねえと毒づく。
「あのな、いちおう言っておく。俺がただでお前の幽霊と会ってやると思うなよ」
 俺は窓に背を向け正樹を見た。逆光だからかなんなのか、俺の顔を眩しそうに眺めている。
「むしろその時は……そうだな、一発ぶん殴って――ああ、幽霊だから殴れねえか。とにかく、『こんなところで何やってんだ、さっさと元の身体に戻れ』って怒鳴るぞ、俺は」
「もう死んじゃった後だってば」
 馬鹿にしたように笑う正樹の表情が気に入らなかった。俺は大袈裟に不機嫌そうな顔をして言い捨ててやった。
「それなら『さっさと成仏しろ』って引導を渡してやるよ」
「うわあ、それが友達に言う台詞?」
 正樹が口の端を引きつらせながら問う。いつの間にか、夕日が沈み夜が訪れようとしていた。病室の白い明りの下で向かい合っていると、本当に正樹が幽霊になってしまったように思えてしまう。なんとなく、今なら正樹の下にじいちゃんが現れるんじゃないかという気がした。溜息をつく。
「良いんだよ。どうせお前のことだから、こうでも言わねえといつまで経ってもこっちに居座るだろうからな。家族がどうとか、友達がどうとか……この心配症が! ついでに言うと、お前のじいちゃんは別にお前が幽霊を信じてるとかじゃなくて、お前が大丈夫だと思ったから姿見せなかっただけだろ。んなこと言ってると、じいちゃんお前が心配でマジ出てくるぞ」
 少々腹を立てていたこともあって、一息にそう言うと、一瞬、正樹が口を大きく開けて絶句した。俺は何か変なことを言ったか。
「いや、うん。幽霊にならなくて良かった。未練多くて死ねないもんね、僕。いや〜さすが、よく分かってる!」
 褒めているのか貶しているのか。そこで静寂をぶち破るような笑い声が響いた。正樹が面白そうに笑っている。気に入らねえけど、急に病室が昼間に負けないくらい明るくなったような気がして、安堵している俺がいた。
「くだらねえこと言ってるならもう帰るぞ」
「あ、ストップ。一つだけ」
 病室から出ようとする俺を引き止めた正樹は、一つ、と人差し指を立てた。
「無事生還した友人に一言」
 やっぱりくだらないことだった。でも確かに、正樹の幽霊に会わずに済んだことは、俺としても喜ばしいわけで。
 俺は自棄くそで、大きく手を振った。
「さらば、幽霊!」
 お前が生きてて良かったよ。


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「サイトマスター」で始まった忍題β! 提出小説第二弾!
今回のテーマは『夏』だったので、『夏』→『納涼』→『肝試し』
→『幽霊』でした。って、これ以前の発想と変わってない(汗)
ええー不満な点がないとは言えませんが、とにかく私なりの『夏』物語を書かせていただきました。


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